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なごりゆき

歌が好きなのは、何時頃からのことかな、と思います。好きって言ったって趣味として歌うと言う程ではないし、人並みだとも思うのだけれど。それでも、その歌が好きになったのは何故だったのかな、と考えてみて、思い出せる切掛けみたいなものは、中学校の音楽の時間でした。

私が通っていた中学校は奈良市の新興住宅地に数年前にできたばかりのもので、私が8期生でした。周りの大人たち言ふやう、この中学校は新しいから創設時に集めたよい先生がまだ沢山残っていらっしゃる、とのことでした。実際、比較的個性的ながら後から考えると有難い御指導だったなあ、と思う先生が多くいらっしゃいました。本題の音楽ですが、音楽科てふものにも一応教科書がありますよね。私たちの音楽の先生はそんなものには全く目もくれず、ひたすら歌を歌う授業をされました。

合唱が主でしたが、独唱もあったかな。憶えているのはGeorg Friedrich Händel « Oratorio Messiah » より « Coro: Halleluja »、世に名高いハレルヤコーラスと、Ludwig van Beethoven « Sinfonie Nr. 9 d-moll op. 125 » から第4楽章の合唱部分、歓喜の歌でした。

ハレルヤコーラスは英語が欽定訳聖書の言葉で難しいので日本語訳詩で、原曲が4部合唱なのが流石に中学生には無理ということで2部合唱でした。それでも随分と歌ったおかげで、今でも後にヘンデリアンになった時に憶えた英語詩で歌えます。

歓喜の歌はドイツ語で歌いました。これは抜粋で、やはり2部合唱にして。特に意味も判らず、綺麗な発音だったかどうかも判りませんでしたけれど、それでも今でも歌えます。

こんな御指導の合間、授業の終わり頃に空いた時間に、じゃあ歌いたい曲をおっしゃいよ、伴奏するからみんなで歌いましょう、なんていうことが多くありました。当時 « 中学生の愛唱歌集 » というような冊子が副読本としてあって、今でもあるのかな、そこから歌いたい曲を選んで歌うわけです。そんな御指導の賜物で、滅多にありませんが当時の者どもで集まれば、ハレルヤが歌えたり歓喜の歌が歌えたりするやんなあ、などと語ることができます。

これが、私の歌が好きな理由、切掛け、かな、なんて思います。

さてその歌集、古い唱歌から1970年代の愛唱歌、宇宙戦艦ヤマトの主題歌なども載っていましたけれども、編集の時期と恐らく編集者の御趣味で、1960〜1970年代のフォークが沢山載っていました。それらが今でも好きな歌の中核の一つとなっています。

それではその中から一曲。イルカ « なごり雪 »。


「なごり雪」イルカ

この曲も学級のみんなで何度も何度も歌いました。もうすぐ、そんな季節ですね。

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